「不幸中の幸いだ」と思ったエピソード3つ

安心する女性

35歳、女性、専業主婦。

 

5歳、1歳の、子どもと夫と、生活をしています。

まだまだ人生の折り返し地点にまで、きていないと思いますが、それでもいろいろなことがあり、「不幸に見舞われてきたな」と思います。

 

そのなかでも、不幸中の幸いとして、光を見い出せる部分もありました。

なので、「そういった光の部分を大事にして生きていこう」と思っています。

 

 

不幸中の幸いだと思ったこと1.父親が早くに亡くなったけれども、母親が正社員で働いていたこと

キャリアウーマン

 

私の父親は50歳という若さで、突然死をしました。

それまでとくに体に異常はなく、直前の健康診断でも「問題なし」と、とくに問題なかったのです。

 

そんな父親でしたが、風邪をひいて寝ていて、突然心臓に異常をきたして、急性心不全で亡くなりました。

私は3人姉弟の長女になりますが、弟二人はまだ学生。

それに、母親も50歳になる前だったので、それからの人生が長く、お金はかかります。

 

母親が専業主婦だったり、パートだったりした場合には、母子家庭で金銭的に困ることもあったと思います。

しかし、不幸中の幸いなことに、母親は独身時代からしていた仕事をずっと続けて、正社員として働いていて、男性並みにお給料をもらっていました。

 

父親が亡くなって、家族みんなで悲しみに暮れましたが、そのときに「お金はどうしよう」という問題を、抱えなくて済んだわが家。

母親が仕事をしてくれていたことに対して、感謝の気持ちを感じました。

 

小さいころから、母親がバリバリ仕事をしていたことで、寂しい思いを重ねていました。

ですが、そのときばかりは「不幸中の幸いだな」と思いました。

 

職場の人から「家は大丈夫なの?」「金銭面で支えなくて大丈夫なの?」というふうに、聞かれたことがあります。

しかし、「そのときに普通は、そういった心配は生じてくるのかな」と客観視して、「自分の境遇をありがたいな」と思いましたね。

 

不幸中の幸いだと思ったこと2.夫が病気になったけれども、命が助かったこと

治療の成功

 

夫は31歳という若さで、胃がんということが発覚。

そのときは癌は、50代以降の病気だとイメージしていたので、自分たちとは無関係に思っていました。

 

発覚したときには、晴天の霹靂だと思いましたし、娘が1歳を過ぎたばかりで、夫の病気の心配もありました。

ですが、「私と娘はこのまま遺されて、母子家庭で二人で生きていくのだろうか」と覚悟しましたね。

 

「一緒に闘病をしていこう」という思いもありましたが、「進行がん」と言われていた夫。

「手術をしても、再発の可能性はある」と言われていました。

 

同じステージの人で、5年後に生存している人の割合が70%というデータがあり、30%の人はそのときの胃がんに関連して、死亡をしていることを知ったのです。

そのため、「もし、30%に当てはまってしまったらどうしよう」ということばかりを考えてしまいました。

 

現在はそこから4年程度が経過していますが、再発の心配はないようです。

経過観察に通っている病院の医師からも、「再発は大丈夫だと思います」ということを言われるようになった夫。

「家族として一緒に、この先も生活できる」という展望を持てるようになってきました。

 

夫との夫婦仲はそれほどいいとは言えません。

それに、夫に対して不満を感じたり、「結婚しなかったら良かった」と思うことは多々あります。

ですが、それでも子どもたちのために父親が必要だと思いますし、金銭的な面においても、夫が死んでしまったら苦労をしていたはずです。

 

夫が病気になったときは、「なんで、私たちの家族に降りかかったのか」と思いました。

しかし、それでも「経過が良好で、生きているのは幸いだ」と感じています。

 

 

不幸中の幸いだと思ったこと3.自動車事故で出会い頭にぶつかったけれども、車両の損傷だけで済んだこと

交通事故

 

私が二人目を妊娠していて、臨月に入る間際のことです。

生活しているエリアが車が必須ということもあり、その時期でも、運転をして買い物に行ったり、用事をしていました。

 

そのときに、自宅前の道から前の道に出る際に、少しだけ頭を出して確認していたそのとき。

前の道を走ってきた車と、ぶつかってしまったのです。

 

見通しが悪いところなので、十分に確認したつもりだった私。

しかし、お腹が大きくて前のめりになって、道路の状況をしっかりと見れていなかったことも原因だと思います。

 

相手も前方不注意で、わき見運転をしていたことで、おたがいに事故に対する責任があると判定。

ドンという衝撃を感じて、「ぶつかった」とわかりました。

 

そのときに後部座席に娘も乗っていて、娘もすごくびっくりしていましたが、幸いに怪我はありません。

私もまったく大丈夫だったのですが、「お腹の子が大丈夫かな」と思い、翌日に検査に。

 

結果的に、お腹の赤ちゃんの大丈夫でほっとしました。

そして後日、保険会社を通して知ったのですが、相手方も妊婦さんだったのです。

 

相手方の車には運転手の妊婦さん、その人の小さいお子さんが乗っていて、私とまったく同じような状況でした。

事故を起こしてしまったことは不幸なことですし、その後の事故処理にも追われる日々。

臨月のときには、保険会社の人と、やり取りばかりしていた記憶があります。

 

そういった状況だったのですが、「誰もけがをしたり、後遺症を残さなかったことが不幸中の幸いだな」と思いました。

もしもそのときに、娘やお腹の赤ちゃんになにかあったり、相手方にもなにかあったと考えると……。

妊娠後期になっても、運転を続けていた自分のことを、後悔してもしきれないと思うのです。

 

まとめ

生きていると、たびたび不幸だと思うことに見舞われます。

しかし、そういった不幸のなかでも、「助かったな」と思うことがありますし、「不幸中の幸い」という言葉の意味が、よく分かるようになってきました。