アラフォーの兼業主婦です。
ずっと二人姉妹だと思っていましたが、障害者の兄がいることを中学のときに知りました。
兄は施設に入っていたので、生前に兄とは会ったこともなかった私。
障害者の方は差別もされ、痛ましい事件もあり、どうしても世間に、堂々と兄のことは言えません。
夫と二人秘密を抱え、自分の子どもにも話すことはないと思います。
見出し
障害を持った兄弟がいて辛かったこと1.障害者の兄がいることを隠されていた
私は小学校6年生まで、2歳上の姉と二人姉妹だと思っていました。
しかし、13歳上の兄がいることが、小学校6年生のときに発覚。
しかも、兄は重度の知的障害者で、生まれたときからずっと障害者施設に入所していました。
私の母は父とは再婚なのですが、最初の旦那さんとの間に兄が生まれたそうで……。
兄が障碍児だと知った母の最初の結婚相手は、母と兄を捨てたそうです。
母は最初の旦那さんに、驚くような言葉で責められたと言います。
「うちの家系には問題ないんだから、障害のある子どもが生まれたのはお前のほうの家系のせいだ」と。
でも、母の家系にも障害者はいません。
兄は成長してからも言葉もしゃべれない、自分で食事もとれないような重度障害者。
なので、母は兄を施設に預け、10年間一人で必死で働いていたそうです。
母は兄が10歳のとき、私の父と知り合い再婚。
再婚するとき、兄のことを父にも話していましたが、父は受け入れてくれたようです。
施設に預けていても、1年に1度のお正月だけ、家に連れて帰ることにしていた両親。
兄が11歳のとき私の姉が生まれて、その最初のお正月に、兄を例年通り家に連れて帰ってきたそうです。
そのとき、ちょっと目を離した隙にある事件が。
なんと、兄が姉のベビーベッドから、姉をつかんで床に叩きつけたそうです。
姉の凄まじい泣き声で両親がかけつけ、姉をさらに踏みつぶそうとしたところを、父が兄を蹴り倒して止めました。
姉は幸い大きなケガもなく無事だったそうですが、兄が赤ちゃんを殺そうとしたことで、衝撃を受けた両親。
その後、家に連れ帰ることは父が禁止にしたそうです。
翌年からは母の両親が引き受けるか、母が一人で数日間、旅行に連れ出していたようです。
毎年お正月の2日目くらいから、母が数日旅行に行ってしまうのを不思議に思っていた私。
まさか、兄を連れ出すために、家を空けていたとは知りませんでした。
両親も祖父母も、私や姉に兄のことは話してくれませんでしたね。
障害を持った兄弟がいて辛かったこと2.自分にも、遺伝的な影響があるか気になった
姉が高校受験するタイミングで、戸籍の取り寄せなどが必要になることがありました。
それで、両親も「隠しておけない」と思ったのか、母の再婚のことや兄のことなどを私たちに、はじめて打ち明けたのです。
母は父より、10歳近くも上の姉さん女房。
しかし、まさか再婚だったとは知りませんでしたし、障害者の兄がいることも知りませんでした。
知った時点で兄は25歳、言葉もしゃべれず簡単な軽作業もできないくらい、ひどい障害者と知ってショックでしたね。
その事実を知ったとき、一番最初に気になったのは、自分への遺伝的な影響でした。
私は小学校、中学校でも成績は割といいほうで、知能的なマイナスは自他ともに感じていませんでした。
それでも、「将来、私の頭が変になったらどうしよう」とかすごく怖かったです。
障害者の兄がいることは友人たちにも、もちろん話せません。
「もし、友だちに知られたら、自分も差別を受けるかもしれない」という恐怖も感じました。
友だちと映画を見に出かけたときに、駅前で障害者のグループの方を取りまとめて、清掃作業をさせているのを見たことがあります。
何人かの障害者の人が奇声をあげていて、友だちが「きもーい」と笑っていました。
その様子を見て、一緒に笑っていた私。
しかし、「自分の兄はこの掃除の作業をしている人よりも、重度の獣みたいな人間なんだ」と思うと、やりきれなかったです。
障害を持った兄弟がいて辛かったこと3.結婚、出産時に不安だった
そして一番不安だったのは結婚、出産のタイミングのときでした。
私の夫は父同士が兄弟で、私とはいとこになります。
私の母と父が再婚なのは夫の両親、私たちの祖父母も知っていましたが、最初の結婚で出産経験がある母。
しかも、その子が障害者だったことは知りません。
でも私は、「自分の結婚相手に隠すことはできない」と考えて、正直に打ち明けました。
夫はびっくりしていましたが、そのことを受け止めてくれたようです。
でも、うちの父が兄である彼の親にも話さないのだから、夫も「自分の両親には話さない」と言いました。
また、自分が出産するときも、怖くて仕方なかったですね。
「子どもに障害が遺伝したら、どうしよう」と。
兄の障害は「遺伝的なものではない」と一応聞いていましたが、それでも怖かったです。
ダウン症などの出生前診断なども、産院では勧められましたが、私はあえて受けませんでした。
障害があるとわかったら、産んであげられる自信がなかったのですが、中絶も絶対に嫌だったからです。
健康な子どもが生まれたときは、ほっとしました。
障害を持った兄弟がいて辛かったこと4.両親の死後どうなるか不安だった
兄は国から保護を受けて、施設に隔離されている状態。
なので、「私の両親(とくに母)が亡くなったらどうなるのだろう」と不安がつきませんでした。
1年に1回は、家族が連れ帰ることは決まっていて、それを毎年引き受けているのは母。
しかし私には、とてもできる自信がありませんでした。
社会には出ないので、誰か人に迷惑をかけたり、事件沙汰になることはありません。
ですが、兄の将来を思うと、どうしたらいいのか悩みました。
姉は諸事情で頼れない状態。
なので、「自分がいつかは、母の代わりに兄の保護者にならなければいけないのか」と、プレッシャーに押しつぶされそうでした。
しかし、私が20代後半、兄が40歳くらいのときのこと。
施設から連絡がきて、兄が亡くなったことを知ったのです。
食事中誤嚥して、そのあと肺に炎症が起こり、肺炎で死んだと聞きました。
不謹慎ですが、兄が死んだと聞き、どこかでほっとしてしまった私。
そのあと、私と夫、両親だけで、兄のお葬式をしました。
そのお葬式のお棺のなかに横たわる兄を見たのが、兄との最初で最後の出会いとなったのです。
まとめ
兄とは、葬式でしか顔も見たことがないので、正直兄という実感はありません。
でも、私の母が産み、私とも血がつながった人でした。
「もしもお兄ちゃんが普通の健常者だったら、甘えたり頼ったりできたのかな」と想像することもあります。
今は兄の命日に、心でひっそりと手を合わせている私です。