金に汚く愛人もいて生臭坊主!坊さんあるある3つ!

お坊さん

38歳、女性。

事務職をしています。

 

趣味は、映画鑑賞、読書、パンづくり。

最近は、紅茶にも凝ってます。とくにハーブティー。

 

 

坊さんあるある1.愛人がたくさんいる

綺麗な女性

 

私の実家はお寺です。

といっても、観光名所になるような有名なお寺ではなく、どこの県に行ってもあるような普通のお寺。

お寺で生まれ育ったので、お墓も「怖い」と思ったことがありません。

 

まだ子どもだったころは、今のように斎場が多いわけでもなく、お寺で葬儀が行われて、霊柩車で火葬場へいくのが普通でした。

小学校から帰宅すると、出発する霊柩車を見るのも当たり前。

変な言い方ですが、棺桶も平気でした。

 

ときが経つと、私は実家を出て、自分がやりたいことの勉強をするため上京。

お寺は、祖父の代から父の代へ受け継がれていました。

 

大人になり実家に戻ると、子どものときに感じてたことが、また違う目線・感覚で理解できた私。

「大人の事情」という面白さと、「どの世界も、政治なんだな」と痛感しました。

それは、私が一時でも実家を離れ、ほかの業種に関われたからです。

 

時代もありますが、祖父のときは、義理人情で寺が回っていました。

それでも、経営がなりたっていたのです。

そのため、子ども時代は、なに不自由なく育ててもらえました。

 

祖父が倒れてから、寺の仕事を引き継いだ父。

もともと資格はもってましたが、本職は別です。

 

私は、祖父祖母が大好きでした。

嫁である母も、「嫁姑・舅問題もない、いい人だった」と、今でも言ってます。

 

父は実家が安定してたこともあり、本職ではそこそこの収入もあったので、当時愛人がいました。

よく、母に連れられ、母の実家に行ったものです。

母の実家から祖父に、「帰りたいよ」と電話していたのを今でも覚えてます。

 

小学生になると、友だちと遊ぶほうが楽しくなった私。

母が実家に帰るときは、妹を連れて行くようになりました。

 

私が高校生になったとき、母に呼ばれ、母の部屋で見せられたものがあります。

それは、興信所の記録と数枚の女性の写真、それと誓約書です。

 

母は「隠しても仕方ない」と思い、私に話したのでしょうね。

私の知ってる限り、7人の愛人がいました。

 

過去も現在も、お寺だけでは、経営が成り立っていない状態です。

ほかのお寺のように、寺一本で経営が成り立つ場合は、小説などにありきたりなパターンのように愛人がいました。

 

坊さんあるある2.仏教大学に裏口入学

大学

 

2つめのあるあるです。

祖父が死去し、父が経営者になり、簡単にいえばやり手な人です。

「生臭坊主」という言葉を、リアルに感じさせてくれるような父でした。

 

二人姉妹の私は、お寺を継ぐことを拒否。

妹は、自ら継ぐと宣言しました。

 

喜んだ父は、妹の大学入試で裏工作。

名前さえ書けば入学できるように、仏教大学の学部長に頼んでいたのです。

 

妹が「継ぐ」と宣言したのは、12歳のときでした。

もちろん、彼女も中学・高校でいろんな世界をみて、反抗期を経験します。

そんな妹が、受験前に一人暮らしをしている私に、会いにきたのです。

 

名前さえかけば大学に合格することを知った妹は、名前さえ書かず、不合格。

やってみたいことがあったらしく、その専門の大学に入学し、結局、お寺を継がずにやりたい仕事にまい進してます。

 

裏工作があるのは、本当にびっくりでした。

 

 

坊さんあるある3.お寺は愛人・政治・お布施などに汚い

お金

 

3つめのあるあるは、せちがない話になります。

今は昔ほど、寺に人が寄り付かない時代です。

葬儀も家族葬だったり、「法事も1回すればいい」と、若者離れが多いですね。

 

棺桶だって、安くありません。

毎月仏花をそなえにくる年配の方たちも、減っていきます。

 

お正月になると、恒例行事のごとく、うちと左隣の寺は違う宗派の寺ですが、仲がよくて……。

うちの左隣は神社で、神主さんとの仲がよく、1月1日の夜になると、神主さんと父と宗派のちがう寺の住職三人で、かなり生臭な話をしています。

「賽銭はどうだった」「お布施の数はいくつだった」「空布施が増えていた。あれはわざとか? ボケたのか」と。

 

生活がかかっているから、当たり前のことでもあります。

しかし、「誰かがなくなったときに、説法を説く人の本性はこうなんだ」と、娘ながら毎年横目で見てしまうのです。

 

お寺に関わっていないと、以外に知らないことですが、お寺も政治の世界。

それも、思った以上に、根深いですね。

 

県によって教区というものがあり、代表選びにも派閥などがあります。

テレビで政治家の献金疑惑の報道などありますが、似たような世界ですね。

 

父の書斎から聞こえたどなり声を聞いて、「ドラマか」と思わず言ってしまいたくなるようなことも。

「誰を押せば、自分の地位が安泰か」など、悪代官そのものです。

 

まとめ

誰でも身内の不幸などで、一度はお寺に行くことがあるでしょう。

ですが、間違っても、から布施にすると、寺の人間が、裏でグタグタと文句を言いはじめます。

 

「曾祖父の代から、檀家です」

そう言っている家の方は、なにかの際のお布施には気を付けてください。

その家の大体の資産を知っているので、「これしか払わない」と文句ばかり言ってきて、戒名で高くとられます。

 

テレビや小説だけの話に思えるでしょうが、お寺の愛人・政治・お布施の話は、本当に汚い話ばかりです。