35歳男性。
栃木県内の中学校教諭を経て、現在は東京都内のIT企業に勤務。
自分が高校生のころ、母親が自宅に出入りしているプロパンガス業者と浮気をして、両親の間で修羅場が発生。
自分は密かに両親の離婚を望んだが、離婚しなかったので残念に思った。
趣味は、ロードサイクリングと読書と株式投資。
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母親のひどい浮気エピソード1.母親はいつも、プロパンガス業者と長々と立ち話をしていた
私は栃木県内の、人口5万人程度の田舎町で生まれ育ちました。
栃木県の田舎町ですから、東京のような都会のように、都市ガスを使っていません。
どのお宅もプロパンガスを使用しています。
私の家では、プロパンガスを毎月2本使用し、毎月、出入りのプロパンガス業者が使用量をチェックし、プロパンガスの容器を交換してくれていました。
私の家では、プロパンガスの容器は勝手口の脇に設置されています。
なので、このプロパンガス業者が毎月夕方にやってくると、母親は勝手口で長いときは、1時間くらい立ち話をしていたのです。
他愛のない世間話。
「近所のどこの家で葬式があった」とか、「どこの家の子どもがどの高校に合格した」とか、「どこの家とどこの家が親戚関係」という話です。
私の母親は田舎の人間ですから、近所のお宅のプライバシーに強い関心を持っています。
ですので、町内のほとんどのお宅に出入りしている、プロパンガス業者から話を聞き出していたのでした。
母親のひどい浮気エピソード2.自宅の出入りのプロパンガス業者と浮気をはじめた
私が高校生になったころのこと。
「中学校の同窓会が開かれることになった」とか、「高校の同窓会が開かれることになった」とか、「町内会の婦人会の集まり」があるなど。
あらゆる名目をつくっては、毎週のように厚化粧をして、着慣れない外行きの服を着て、夕方外出していく母親。
しかし、自転車には乗らずに、少し歩いてから、誰かが車で待っていて、その車に乗って出かけているようでした。
そして、帰宅時間は、夜の21時ごろであったのが、次第に遅い時間帯に。
22時になり、23時になり、もっとも遅い時刻のときは、深夜の0時30分のときもありました。
私の父親は、当初は母親の「同窓会」とか「婦人会」という名目を信じていたようで……。
ですから、母親が誰かの車で自宅前まで送り届けてもらい、夜の21時や22時くらいに帰宅してきても、母親は玄関を開けて、帰宅していました。
ところが、父親もバカではありません。
同窓会や婦人会が、人口5万人程度の田舎町で、毎週のように開催されるわけがないのです。
しかも、母親の帰宅時刻がだんだん遅くなってきます。
一度父親が「本当に同窓会なのか?」とか「今日はなんの集まりだ。俺が会場まで送っていってやる」と、母親に言ったことがありました。
ですが、母親がそれを強く拒絶します。
「迎えにきてくれるから、いいのよ」と強く押し返すので、父親もそれ以上は強くは言わなかったのです。
しかし、父親は母親の浮気を疑いはじめていたようでした。
母親が深夜0時を過ぎても帰宅してこないため、門を閉めて、玄関の鍵をかけ、しかも内側の鍵もかけた父親。
田舎の一戸建て住宅では、戸締りをしっかりしないと、深夜に泥棒に入られてしまいます。
ですから、玄関の鍵は、内側からも鍵をかけるのが一般的です。
そして、父親が内側の鍵もかけてしまったため、母親は家のなかに入れなくなってしまいました。
そこで、母親は私の部屋のドアを「ドンドン!」と強く叩き、自宅内に戻ってくるようになったのです。
当時、私は増築したばかりの、6畳一間の離れで生活していました。
従来の一戸建て住宅の間取りでは、部屋数が足りなくなったため、6畳一間の部屋を増築し、それまでの家と増築した部屋を渡り廊下で接続したのです。
渡り廊下には、庭へ出ることのできるドアも取り付けられていました。
母親は、このドアをおもいきり叩いて私を呼び、ドアを開けさせて、家のなかに戻ったのです。
この状況が何回か続けば、もはや母親が浮気をしていることは明白です。
ある深夜の1時すぎのこと。
私が受験勉強をしていて空腹になったので、渡り廊下をとおって、母屋にあるキッチンに行くとき、寝室で父親と母親が話し合いをしているのがわかりました。
そして、急に父親が「クソッ」と言って、男泣きしはじめたのです。
母親は、父親が泣き出したのを見て「ハハハハハハ!」と、大笑いしていました。
その状況を耳で聞いていて、私は「母親の浮気が、母親の口から父親へ伝えられて、しかも母親が開きなおったのだな」と直感したのです。
そして、「母親は人格的におかしい」と思いました。
母親のひどい浮気エピソード3.プロパンガス業者がくる日時が変わった
母親の浮気相手が、自宅に出入りしているプロパンガス業者であることが判明。
もちろん息子の私に、両親がそのようなことを説明しません。
私が気がついた理由は、プロパンガス業者がくる日時が変化したからです。
それまでプロパンガス業者は、平日の夕方にきていました。
しかし、母親の浮気が発覚してからは、土曜日か日曜日の夕方に、くるようになったのです。
しかも、プロパンガスの交換が終わると、業者が必ず私の父親に、挨拶をしていくようになりました。
そして、それ以降は、母親が夜間に外出することはなくなったのです。
まとめ
私が大学受験に向けて勉強に取り組んでいるときに、母親の浮気事件が起きましたので、私にとっては迷惑なできごとでした。
幼少のころから、ずっと母親に嫌悪感を抱いていた私。
なので、「いっそのこと離婚してくれればいい」と思いましたが、もとの鞘におさまってしまったので、残念でした。