宗教団体に詐欺され、詐欺することになった私のエピソード5編

落ちこむ

20代の前半に、某主教団体に伝道された50代の主婦。そこで体験した、摩訶不思議な内容を多くの人に伝えたくて体験記を書く。詐欺にあう人が、あとを絶たない世のなかで、被害者が少しでも減ることを、世界の片隅から願っている。

 

 

詐欺され、詐欺することになった私のエピソード1.クラスメイトの勧誘

うわさ

 

私は20才のころ、某宗教団体に所属していました。

きっかけは、知り合いからの、しつこい勧誘でした。

 

それはある日、かかってきた電話からはじまったのです。

学生時代に同じクラスだったというだけで、特別親しくもなかった人でした。

 

「会いたい」というのを、断る理由がなかった私は、なんの警戒心もなく会いに行ったのです。

ただ会って、話をするだけのことだと思っていた私が、連れていかれたのは宝石の展示会でした。

 

なんの前振りもなく宝石と言われても、貴金属に関心のなかった私には、買いたいものなどあるはずがありません。

しかし、ひさしぶりにあった友人の、熱心なようすに根負けして、真珠のイヤリングを買いました。

 

そして、別れました。

その彼女から、後日、また電話がありました。

 

今度は、違う話だと言うのです。

なにやら狭い部屋にとおされて、名前を鑑定することに。

 

「あなたは先祖の罪が重いので、印鑑をつくれば運勢がよくなる」と説得され、21万円で印鑑を三本買いました。

さらには、「もっと霊感のある先生がいるので、その先生に会わせる」と、言われたのです。

 

すっかり、自分の将来が暗いものだと言われて、恐怖を感じた私は、その先生に会うことにしました。

 

詐欺され、詐欺することになった私のエピソード2.あやしい先生を紹介される

石

 

その先生は、ごく普通の男性でした。

とても、霊感があるようには見えません。

 

その先生は、私の背後には、他界していたおばあさんが付いていると言うのです。

母は生みの親を3才で失くしていて、そのおばあさんが母のことを心配していると言いました。

 

あとで知りましたが、その情報は、すでに向こう側に流れていたものでした。

先生の神妙な面持ちは、小心者の私には十分に恐怖を与えました。

 

そして、私に出家することをすすめるのです。

いきなり出家と言われても、イメージがわかない私。

 

とりあえず、「出家は無理だ」と、言いました。

すると、「出家が無理なら、これを購入するといい」と、言われました。

 

それはまたしても、高額な商品で、大理石でつくられた壺です。

原価がどのくらいなのか、そんなことを考える余裕もないです。

 

そんなところに、自分の将来や先祖のことが解決する物だと信じてしまい、壺を買うことにしました。

値段は、70万円。

 

印鑑と壺で、すでに100万円近い出費です。

持っていた貯金は、ほとんどなくなりました。

 

お金はなくなっても、その代わりに心の安心を得たのです。

それが霊感商法だとわかっても、神体験をした気になっていたため、関係ありませんでした。

 

 

詐欺され、詐欺することになった私のエピソード3.友人からの誘いが続き、信者へ

祈る

 

そして、4か月たったころ、また友人が電話をかけてきました。

今度は、また違うところに行こうと言うのです。

 

すっかりお金がなくなった私は、もうどこにも行きたくありませんでした。

印鑑と壺で、もういいと思っていたのです。

 

しかし、友人はまったく引き下がりません。

しつこく、くい下がってきました。

 

なかばあきれながらも、行くことになり、一緒にあるマンションの一室に行きました。

それは普通の家でしたが、なん人もの人がビデオを見る場所になっています。

 

迎えてくれた女性は、物腰が柔らかく、親身になって私の話を聞いてくれました。

友人もそうでしたが、自分に関心を持ってくれる人がいなかった私には、その雰囲気がすっかり気に入ったのです。

 

次の予約も入れ、言われたとおりにビデオを見て、その感想などを話しながら親睦を深めていきました。

そして、そのビデオを一とおり見たあと、「泊まりで、修練会をするから参加したらどう」と、言われました。

 

泊まりと聞いて、どうしたものかと思いましたが、仕事を辞めていた私には、時間がありました。

人を疑うことのない私は、3日間の修練会に参加したのです。

 

参加した人たちはみな、自分と同じような若い人たちで、和気あいあいとした雰囲気でした。

最後の日、あるビデオを見せられました。

 

それは、ある人物が世のなかを救うためにこの世に生まれて、幅広く人類救済のために働いているというのです。

世のなかに生きながら、深い絶望を感じていた私には、それがクモの糸を下したお釈迦様のように思えました。

 

私もこの絶望から救われるのか、世のなかもこの人たちの運動によって、救われていくのかと感動したのです。

しかし、のちに、そこが某宗教団体だと知ることになります。

 

それまでは、草の根運動で自然発症した団体と聞いていました。

今思えば、そんなはずがないとわかります。

 

しかし、すでになにを言われようと、そこを貫く一信者になっていました。

 

詐欺され、詐欺することになった私のエピソード4.10年のひどすぎる生活

おかね

 

それから、この団体で結婚するまで、10年ほどをすごすことになります。

結婚のためにも、献金が140万円必要でした。

 

その10年間、地上天国をつくるための協力として、いろいろなことをしました。

母に宝石を買ってあげたり、妹に着物を買わせたり、かつての同級生になにかを買わせたりしたり。

 

町中に出たり、アパートを訪問してアンケートを取ったり、この美しい運動を広めようと必死になってやりました。

私と同じように、伝道されてきた人たちは皆、純粋でお人よし、人の言うことに素直に従う善良な人たちばかりでした。

 

間違っても、人に悪いことをするような人たちではありません。

しかし、それが裏目に出て、結局はだまされてお金をむしり取られていくことになったのです。

 

新しい人を連れてきてはお金を出させ、お金がなくなるとポイ捨てされました。

「なにかがおかしい」と、うすうす感じていても、意味があるのだと考えるように教育されて、考えることを封印されていた信者たち。

 

考える力のある人や、家族が反対して来なくなった人たちから、だんだんといなくなっていきました。

この道が真理だと信じた若者は、職を捨てて献身という、身をささげる活動に専念しました。

 

それは朝から晩まで働き、小遣いは1か月で1万円、無保険、無年金の奴隷のような生活だったようです。

なかには、体を壊して辞めていく人たちも多かったと聞きます。

 

私は勤労青年として、むしろ献身した人より、劣るという位置にありました。

そこでは、人と絶えず比較されながら、劣等感の強かった人たちが優越感に浸れる、そんな場所でもありました。

 

かよいながらも、常に劣等感に悩まされ、しばらく休んでいた時期もありました。

教義でいう、血統転換を信じていた私は、結婚するまで我慢して所属することになります。

 

詐欺され、詐欺することになった私のエピソード5.団体から抜けてからの差別と孤独

孤独

 

「自分が選んだ道が、正しくなかった」と、わかったときの衝撃は、とても言葉で言いあらわすことができません。

すでに家族がいて、帰る道も閉ざされた状態で、元に戻ることなど不可能なことです。

 

戻っても、私を知る人は私を避けるでしょう。

一度貼られたレッテルは、はがせないのです。

 

海外に来てしまった私は、親のお葬式には参列しますが、兄弟やほかの親戚が亡くなっても参列できません。

私が行けば、親戚も反対の立場で来てもらうことになるからです。

 

そんな負担は、かけられません。

数か月前に、遺言書を簡単に書きましたが、そこにはこう書きました。

 

私が亡くなっても、親戚を呼ばなくてもいいと。

気持ちだけで十分だと。

 

某宗教団体に所属してしまったことで、たくさんのお金や信用、家族、親戚との縁もほとんど切れました。

自分の主張をとおした結果は、国外での孤立です。

 

失なったものが大きくて、なかなかそれを認めるにも時間がかかりました。

真実が見えてきたとき、自分の全人生を否定されるような衝撃に耐えるには、多くの時間とリハビリが必要です。

 

怒りや後悔の念は、半端ではありません。

自分が被害者であり、加害者でもあることを知ると、どうやってつぐなっていったらいいのかと、押しつぶされそうな思いになります。

 

まとめ

詐欺に引っかからないという、自信のある人ほど引っかかりやすいもの。

私も、体験者として言えます。

 

日本人は、丁寧な物腰の人が多いですから、詐欺なのか判断することがむずしいことが多いです。

親身になってくれる人には、警戒心が薄くなってしまいます。

 

親しくなっても、お金を請求しない人なら、普通に友人としてすごせますが、お金を請求するようなら縁を切るべき。

私の人生で学んだ、痛い教訓です。