35歳男性。栃木県出身。
栃木県で中学校の教諭をしていたときに、うつ病を発症し、無職となる。
無職期間を経て、短期間のバイトをしているとき、同年齢の漫画家志望の男性と知り合いました。
自分の内面に、焦点をあてた作品を描いている彼。
漫画の賞に応募したり、出版社に原稿を持ち込んだりしているが、採用されたことはない。
「親の年金収入を頼りに生活している」と聞き、彼の将来を心配している。
私自身は、現在は東京都内のIT企業に勤務。
趣味は、ロードサイクリングと読書と株式投資。
見出し
30代の漫画家志望の人のエピソード1.自費出版費用を捻出するために、短期のバイトをしているらしい
私は大学卒業後は、出身地の栃木県で、中学校の教諭をしていました。
ですが、うつ病の発症などの理由で退職し、東京に家族で移り住むことに。
それから数ヶ月経過して、神経内科の主治医から、こう言われます。
「うつ病の症状が軽くなってきたようなので、社会復帰のために、短期間のアルバイトでもやってみたらどうですか」と。
それ以来、日雇いのアルバイトや、1週間限定のアルバイトをやるようになりました。
そのころ、短期間のアルバイト先で、漫画家を目指しているという、同年代の30代の男性と知り合ったのです。
倉庫で、箱のなかにお菓子を詰め込んでいく、流れ作業をやるアルバイトを1週間やっていた私。
そのとき、私の隣で仕事をしていたのが彼でした。
短期のアルバイトの人間関係は、希薄です。
おたがい会話をしません。
仕事中は立ちっぱなしで、会話をすることが、いっさい許されないからです。
途中、10分間の休憩時間になっても、誰も会話しません。
みんな黙って地面に座り込み、缶コーヒーを飲んだり、スマートフォンを触ったり、煙草を吸っています。
ところが、この仕事をはじめて、2日目のことです。
送迎バスを降りて、駅の改札に向かおうとしたとき、彼のほうから話しかけてきました。
「俺と同年代に見えるけど、どうして、あんな場所で働いてるの?」と。
私は知らない人間相手に、自分のことを話すことについて、一瞬ためらいました。
ですが、「いまさら言葉を飾っても、仕方ない」と思い、返事をします。
「病気をしちゃってね。それでリハビリのために、短期のバイトをやってるんだよ」と。
「そうなんだ。それは大変だね」と言う彼。
すると、彼は、「良かったら、酒でも飲んでいかない?」と、居酒屋に誘ってきたのです。
まだ夕方の17時30分ごろでしたが、私たちは駅前の居酒屋に入りました。
ビールで乾杯すると、私が「あなたは普段、なにをやってるの?」と、尋ねます。
彼は、少し照れ臭そうな表情をしながら、「漫画を描いてる」と言いました。
私は「へぇー、漫画家を目指してるんだ」と驚いてみせると、彼はこう言って、残念そうに、ビールをぐっと飲み干したのです。
「賞に応募したり、出版社に原稿を持ち込んだりしてるんだけど、なかなか採用してもらえなくてね」と。
それを聞いて、つい「じゃあ、普段はどうやって生活しているの?」と、聞いてしまった私。
すると、彼は少し嫌な表情をしましたが、苦笑いしながら、こう言いました。
「実家で生活してるから、生活費はタダなんだよ。団地だけどね」と。
そういったあと、彼は続けて、こう言ったのです。
「だけど漫画を描いたり、自分で自費出版するにはお金がかかるから、たまにこうやって、短期のバイトをやってる」と。
30代の漫画家志望の人のエピソード2.私小説的な漫画を描いている
1週間という、期間限定のアルバイト期間中、彼とは3回ほど、居酒屋で酒を飲みました。
お酒を飲むたびに、彼は漫画について熱弁をふるうように。
「俺が書きたい漫画は、いま流行ってる漫画とは、ジャンルが違うんだ」
「もっと、人間の内面に迫った漫画が売れるべきだ」
彼はこんなふうに、熱弁をふるうのです。
漫画が気になった私は、「どんな漫画なの?」と、思い切って尋ねてみます。
すると、彼は恥ずかしそうに、バッグのなかから冊子を取り出して、私に見せてくれました。
それは、彼が自費出版した漫画だったのです。
私は内心、「いまどき、自費出版しても、売れないんじゃないか」と思いました。
ですが、そんなことは口にできません。
この漫画のタイトルは「魂の叫び」というもので、まるで時代錯誤の印象を受けましたね。
作風は、現代の漫画とは異なる書き方で、まるで1970年代のときのような、誌的な雰囲気を漂わせるものでした。
ストーリーは、主人公が独り語りで、自分の過去の内面を辿っていくもの。
答えが見つからないなか、もがき苦しみながら、生きている主人公を描いているようでした。
私が15分くらいかけて、漫画を読み終えて、顔をあげると、彼が「どうだった?」と、真剣な顔つきで尋ねてきました。
私は「うっかりとした答えはできない」と思い、「いやあ、自分には重すぎるテーマだねぇ」とだけ答えます。
「そうか」
彼は、少し残念そうに言いました。
「この作品はね、いまの俺の心情をそのまま漫画で表現したものなんだよ。良かったら、あげるよ」
そう言われ、私はそのまま、彼が自費出版した漫画を受け取ったのでした。
30代の漫画家志望の人のエピソード3.35歳になったいま、親の年金収入を頼りに生活しているらしい
1週間限定のアルバイトも最終日を迎え、彼とは駅のホームで握手をしました。
メールアドレスを交換し、おたがいに「また酒飲もうぜ」と言って、別れたのです。
彼とは、乗る電車が逆方向でした。
私はそれから、いくつものアルバイトなどを転々とします。
そして、しばらくして、やっと現在のIT企業に、正社員として就職することができました。
一方、プロの漫画家を目指している彼は、いまでも漫画家を目指しているようです。
メールのやりとりをしていて知ったのですが、彼は私と同じ年齢でした。
私は、彼のことが心配になって、こうアドバイスをしたのです。
「そろそろ就職を考えたほうが、いいんじゃないの? 働いていないんでしょ?」と。
すると、彼から、驚きの言葉が返ってきました。
「まだまだ諦めるわけにはいかないんだ。親の年金で生活できてるから、大丈夫だよ」と。
おそらく、この先も、彼の漫画は売れないでしょう。
3作くらい読ませてもらいましたが、どの作品も面白くなかったです。
まとめ
20歳前後の年齢のときは、誰でも、夢を抱くと思います。
しかし、自分の描きたい内容を客に押し付けようとしても、プロの漫画家にはなれないと思うのです。
マーケティングが必要だと思いますし、夢だけを追っていては、現実を見失います。
漫画家志望の彼を見て、私は「今まさに、人生を失敗しようとしているなぁ」と、思った次第です。