私の人生は苦労ばかり。私の苦労話6つ。〜27歳女性編〜

悩んでいる女性

専業主婦。27歳。5人兄弟の真中として育つ。20歳で結婚をして、現在はふたりの子どもと旦那と暮らす。アルバイト経験が豊富でコンビニ、テレフォンアポインター、ホテル、接客業務、スポーツ関連、介護、などを経験。

 

 

私の苦労話その1.幼少期に母親が不在

留守番する子ども

 

私は、5人兄弟のまんなかとして育ちました。

家庭は裕福ではなく、毎日ドタバタで、両親はよくケンカをしていました。

 

幼い私にケンカの内容はわかりませんでしたが、あとから母に聞くと父の女癖、父に聞くと母の借金が原因だったそうです。

母はお酒に浸るようになり、アルコール中毒になりました。

 

兄弟で協力して、毎日、母の面倒をみて家事をこなしていました。

そんななか、いつもの夫婦ケンカがはじまり、私は妹を連れ別室に隠れていました。

 

そのケンカは、いつもと違う感じで父は怒り狂い、母は泣き叫んでいました。

子どもながらに「お母さん死んじゃうかも」と思い、祖父母に電話をすると、駆けつけてくれました。

 

そのあと、母はアルコールを断つため、しばらく入院することになりました。

そのあいだ、幼い妹を寝かしつけるのが私の仕事になり、子どもながらに苦労したのを覚えてます。

 

しばらくして、母はアルコールを克服して戻ってきて、普通の生活に戻ることができました。

 

私の苦労話その2.両親の離婚

離婚

 

もう破綻していた夫婦関係が、戻るわけもなく、母の退院から5年がすぎたころ両親は離婚しました。

離婚で子どもがぶちあたるのは、どちらについていくか。

 

しかし、我が家に選択肢はなく、経済力がない母は子どもをおいて家を出ました。

それから1年がすぎたころ、急に母から連絡があり再婚と妊娠を告げられました。

 

離婚したときには、「母の人生を生きてほしい」と思いましたが、子どもながらにあまりに早すぎじゃないかと感じました。

なにより妹が不憫でたまりませんでした。

 

私の苦労話その3.父の蒸発、母からのお金の無心

バイト代

 

私が高校に入学して、アルバイトをはじめると、母からのお金の無心がはじまりました。

きっと兄もされていたと思います。

 

母の再婚相手は、パチンコが趣味で、母に内緒で私からお金を借りることもありました。

そんななか、もともとあまり家には帰らない父でしたが、ついに音信不通に。

 

口座引き落としの家賃、光熱費、学費は払ってくれていました。

しかし、残る定期代と妹のお小遣いなどの諸費用が必要でした。

 

バイト代は、働いても母と家計に持っていかれていく日々。

高校生ながらに「なんのために働いてるんだろう」と思いました。

 

アルバイトが終わるのは22時。

あまり治安の良い場所ではなかったので、たびたび不審者に追いかけられたりもしました。

 

一番恐かったのは、知らない男の人に、車にひきずり込まれそうになったことでした。

 

 

私の苦労話その4.ブラック企業に就職

ブラック企業

 

お金がなかった私は、高卒で就職をしました。

求人には「社員寮あり、年2回ボーナス支給、手取り150,000円から、週休二日」と書いてあり就職しました。

 

条件に惹かれて就職したのですが、そんな好待遇あるわけもなく。

ほかの社員に聞くと、6畳間を2人で使用しているとのことでした。

 

もちろんボーナスはなく、休みも月に2~3日、給料は手取りで90,000円のブラック企業でした。

おまけに上司は、今でいうパワハラ上司で、手が出る上司もいました。

 

ほとんどの人が3ヶ月で辞めていき、私も1年で辞めました。

 

私の苦労話その5.彼氏、友人からの裏切り

浮気男

 

社会人になってから彼氏もでき、友だちにも紹介して、仲間うちで遊ぶことも多くありました。

彼氏は、私の自宅から車で1時間くらいの場所に住んでいました。

 

ある日、いつものようにデートを終え別れたあと、私はコンビニへ出かけました。

彼氏の車とすれ違った気がしましたが、確信はなく、その日はそのままにしました。

 

なんだか、もやもやした日が続き「まさか」とは思いながら、市内にあるラブホテルの前で張り込みをしました。

すると、まさかの彼氏が私の友人とラブホテルへ入っていく姿を見つけました。

 

しっかりと写真もおさえ、彼氏に翌日、突きつけました。

泣いて「ごめん」とでもいうのかと思いきや、「じゃ別れよう」の一言でした。

 

友人も悪びれたようすもなく、縁を切りました。

 

私の苦労話その6.結婚、姑問題

嫁姑

 

その後、しばらくして、出会った彼と私は結婚しました。

しかし、待っていたのは姑からのいびりでした。

 

はじめて挨拶に行ったときは、とても感じの良い姑で、とても「素敵なかただな」と感じました。

結婚したとたん、嘘のように人が変わりました。

 

アポなしで家へ来ては、家のなかや料理をチェック。

ご近所さんには「なんにもできない嫁を貰って、息子がかわいそう」と言っていたそうです。

 

風邪や体調不良で、旦那の実家に行けなかったりすると、「嫁としての自覚がない」と言われました。

また、自分の実家に帰ったりするだけで、「あなたは、うちの嫁なんだから節度をもって」とも言われました。

 

孫が産まれると、嫁いびりが加速。

子どもに「ダメなお母さんで大変ね」と言ったり、「お母さんより、おばあちゃんのほうが好きよね」と言ったりしてました。

 

産後すぐにも関わらず「実家に来なさい」と呼び出され、親戚の世話をさせられたこともあります。

旦那に相談しても、反応はなし。

 

きっと、私か姑のどちらかが死ぬまで続くと思います。

 

まとめ

私は不幸を経験して、今になって不幸と思わなくなりました。

たくさん不幸と感じることがあっても、些細なことに幸せを見つけるのが上手になったからです。