35歳男性。
栃木県での中学校教諭を経て、現在は東京都内のIT企業に勤務。
中国人の妻とお見合い結婚をし、子どもをひとり授かった。
しかし、外国人の妻のわがままな単独行動には、何度か手を焼いたことがある。
新婚早々、妻とは仲が悪くなり、妻が中国へ帰ってしまったことがあった。
また、家族で東京へ引っ越すときには、妻が勝手にひとりで東京へ出向いて、アパートの申し込みをしてきたことも。
趣味は、ロードサイクリングと読書と株式投資。
見出し
妻がわがまますぎると思ったエピソード1.新婚3ヶ月で、勝手に中国へ帰ってしまった
私は栃木県の人口5万人程度の田舎町で、公立中学校の教諭をしていた私。
そのとき、中国でのお見合いパーティーで妻と知り合い、結婚しました。
ところが、栃木県での新婚生活がはじまってから、さっそく夫婦関係がギクシャク。
私と妻は交際期間がまったくない状態で結婚しました。
なので、おたがいにどういう性格の人間なのかさえも知らなかったのです。
ですから、結婚生活をはじめてから、私は妻のつくる料理が下手クソなことを知りました。
妻は、日常的に大声で話をしますし、家のなかのドアを閉めるときも、いちいち「バタン!」と閉めます。
このため、私は妻に対して怒ってしまい、夫婦喧嘩が絶えなくなり、やがて家庭内別居のような状態に。
また、妻が中国人ということもあり、田舎の人々は妻のことを差別的に接します。
あるいは、町内会での婦人会の付き合いでも、よそ者扱いをしますので、妻は孤立感を深めていったのです。
そのため、ある日突然、妻は姿を消してしまいました。
私はどうしたらいいのか慌てふためきましたが、妻がいなくなって10日後、妻が中国の実家へ帰ってしまっていたことが判明。
「そんなお金をよく、妻が持っていたな」と、感心してしまいました。
ですが、私は妻を取り戻すか、あるいは離婚してしまうか、悩んでいたのです。
しかし、田舎の中学校の教諭が、結婚してわずか3ヶ月で離婚してしまったら、田舎では一生差別的に扱われてしまいます。
そこで、なんとしても、日本へ戻ってもらう方向で、努力することにした私。
私は妻の実家へ手紙を書きましたし、電話もしました。
国際電話は料金が高いですが、私は何度も電話をかけ続けます。
そのたびに妻は「私はあなたから嫌われてるね」とか、「私はみんなから嫌われてるね」などと言うのです。
そして、あるとき、妻にこう言われてしまいました。
「お見合いの会社の人に、『○○(私)は嘘つき』って言ったよ。『日本人は親切という話は、全部嘘だった』って言ったよ」と。
私は「まだ結婚して3ヶ月じゃないか。自分も悪かったよ。なんとか機嫌を直して帰ってきてくれよ」と、何度も妻にお願い。
そして、なんとか妻に日本に帰ってきてもらうことができました。
その後も家庭内別居の状態は数ヶ月続きましたが、最悪の結婚生活のスタートとなったのです。
妻がわがまますぎると思ったエピソード2.東京に引っ越すとき、勝手にアパートに申し込んでしまった
私は、その後うつ病を発症したことなどが原因で、中学校の教諭を退職してしまいました。
そして神経内科のクリニックに通院していたのですが、「生活環境を変えることも大切」と、主治医から言われたのです。
これを受けて、妻と話し合った結果、東京に引っ越すことを決断したのでした。
その翌日、朝から妻の姿が見えません。
なにもメモを置いていませんし、なにも言っていませんでした。
どこへ出かけたのか気になりましたが、夜の20時ごろになってやっと帰ってきた妻。
私が「どこへ行っていたの?」と尋ねると、妻が「賃貸アパートを決めてきたよ」と、嬉しそうに答えるのです。
私は仰天してしまい、「はあ?」と言ってしまいました。
そして「まさか、東京に行ってきたの?」と尋ねると、妻は「うん、不動産屋さんとアパートを見て回ってた」と答えるのです。
私は、「アパートのような木造建築では、生活騒音がうるさくて、落ち着いて生活できない」と思っていました。
そのため、「住むなら絶対にマンション」と考えていたのです。
それに、「自分に内緒で、勝手に引っ越し先を決めてくるとは許しがたい」と思いました。
翌日、すぐにその不動産屋に電話して、「キャンセルしたいので、保留にしてほしい」と伝えた私。
そして、あらためて妻と2人で東京に出向いて、賃貸マンションを申し込んだのでした。
ひとりで東京に出向いて、アパートを申し込んでしまうのですから、「妻の行動力には恐るべきものがある」と感じましたね。
妻がわがまますぎると思ったエピソード3.子ども服などをインターネットで衝動買いすることがある
東京へ引っ越して、やがて私のうつ病の症状が落ち着いてきました。
そして私は、現在の勤務先のIT企業に正社員として、再就職することができたのです。
妻は、私がうつ病の症状が重くて収入が途絶えている間は、日々の生活を慎ましく過ごしてくれました。
いっさい無駄遣いをすることなく、忍耐に忍耐を重ねてくれたのです。
ところが、私がまとまった月給を稼ぐようになると、それまでの鬱憤を晴らすかのように、無駄遣いをするようになりました。
平日の昼間、私が会社に行っている間に、通販サイトで、子ども服や日用品をどんどん買ってしまうのです。
当初は、私は黙認していました。
無収入時代には、妻にはとても苦労をかけましたし、迷惑をかけましたから、「わがままを受け入れないといけない」と思ったのです。
ところが、妻のわがままに歯止めがかからなくなり、クレジットカードの請求明細を見ると、200,000円を超えたときがありました。
私は「これはまずい」と思い、妻に「もうダメ、これ以上買っちゃダメ」と、強く念を押すことに。
そして、私はさらにこう言ったのです。
「これ以上買ったらパソコンを壊して、買えないようにするからね」と。
すると、意外にも妻は「うん、わかった!」と言って、それからは無駄遣いがなくなりました。
「やれやれ」と思った次第です。
まとめ
夫婦は、生まれも育ちも異なる赤の他人です。
どの範囲までが「わがまま」と認識するかはおたがい異なりますが、妻の大胆な単独行動には手を焼きました。
しかし、私たち夫婦は、異なる民族同士で結ばれたわけです。
なので、「おたがい我慢するよりは、その都度不満を相手にぶつけるほうが解決しやすい」と思っています。