42歳女性。看護師。5人家族です。
周りにどんくさい子がいるけれど、「迷惑をこうむるのは、まっぴらごめん」という気持ちしかない私。
そのため、ほどよい距離を置いて、ただ楽しむ存在として、傍観している今日このごろ。
自分の子どもには、どんくさい女にならないように教育中。
どんくさい女のエピソード1.お祭りで、姑の乗った車いすを側溝に落としたこと
私の住んでいるところでは、夏になるとお祭りが開かれます。
そこで出店が出たり、伝統的な地域の踊りをしたり、地元の人がたくさん訪れるお祭りです。
私の友人は結婚して、お姑さんと一緒に生活をしていました。
ですが、そのお姑さんは脳梗塞で麻痺があり、車いす生活を送っています。
「たまには外に連れて出てあげたい」、「昔から楽しみにしていた踊りを見せてあげたい」と、そのお祭りに連れ出したのです。
会場は歩いていけるほどの距離だったので、彼女も「自分一人で、簡単にいける」と思っていたのでしょう。
しかし、道路に出てみると、微妙な坂になっていますし、でこぼこなどもあり、車いすの操作は簡単ではありません。
結局、会場までもう少しというところで、側溝に車いすを落としてしまったのです。
しかも、深さが腰の高さほどある側溝に。
大きな音をしたので、お祭りにきていた男性軍が、すぐに車いすを引っ張りあげてくれました。
幸いなことに、水平に落ちたので、かすり傷はありましたが、骨にも異常がなかったということ。
なにより、お姑さんが無事だったことに、みんな胸をなでおろしたのですが……。
お祭りの中盤に、その落下事故が起こったので、救急車などがきた結果、辺りは騒然。
なので、お祭りどころではなくなってしまいました。
結局その後、家族が「村人に迷惑をかけた」と、菓子折りを持ってお詫びに回っていました。
また彼女は、「お姑さんを側溝に落しとた人」として、村中で話題に。
何年か経ちましたが、今でも彼女の話は伝説となっています。
そもそも、そのような状況を起こした原因は、彼女にあるのです。
これまで大して介護もしていないのに、「お姑さんに見せてあげたい」という軽い気持ちで、車いすを押したこと。
また、それを誰にも言わずに、「早く行かなければ、踊りが終わっちゃう」と、あせって連れて行ったこと。
これまでも、家族の人は、「どんくさいお嫁さん」、「どこか抜けているお嫁さん」と思ってはいたようです。
しかし、今回のことで、村中に彼女のどんくささが、知れ渡ることとなりました。
そして、その後、車いすを押す彼女の姿を見た人はいません。
どんくさい女のエピソード2.コンサート会場におくれてしまった、女友だちのこと
私が少し若いころ、好きなアーティストがいました。
友人も好きで、二人でコンサートなどに出かけることもしばしば。
それが息抜きで、楽しみの一つだったのです。
そして、あるコンサートに行くときのこと。
私たちは駅の改札で待ち合わせをして、一緒にコンサートに向かうことにしていました。
けれど、なかなか彼女がきません。
私はコンサートに遅れることも嫌だったので、切符を購入し、ホームで彼女を待つことに。
そして、もう間もなく電車がくるという直前に、お母さんが送ってくれた車から降りる、彼女が見えたのです。
彼女は駅員に伝え、切符は買わずに、ホームへつながる階段をあがりはじめました。
電車はすでに到着をし、私は乗り込んで、待っていたのです。
しかし、彼女が階段をかけ下りてくるときに、「プシュー」とドアが閉まってしまいました。
彼女は、なんと乗り遅れたのです。
時間にルーズな、どんくさい彼女が招いた種です。
しかし、電車に乗る直前で、ドアが閉まった彼女は、どんくさいとしか言いようがありません。
結局、コンサート会場に私だけが到着し、会場に入りました。
でも、ここでも困ったことが一つ。
私が、彼女の分のチケットを持っていたのです。
それを受け付けの人に、預ける訳にも行きません。
そのため、彼女には、「ついたらメールして」と伝えました。
でも、コンサートがはじまる大音響と熱気で、私も大興奮。
実際にはじまってから、40分くらいのときに、彼女はメールをくれたのですが、私はまったく気が付きませんでした。
ようやくスローな曲になって、気分が落ち着いたときに、メールのことを思いだし、メールをチェック。
すると、なんとメールの回数は数十件。
そこから、彼女の待つ入場口に戻り、チケットを渡したのです。
結局コンサートは、全部で約2時間程度ありましたが、彼女が見ることができたのは30分程度。
コンサートが終わって、なんで遅れたのか聞いたら、「チケットがどこにあるか分からなくて……」と、おかしな答えが返ってきました。
彼女は、「チケットは自分が持っている」と、勘違いしていたのです。
でも途中で、私が持っていたということに気が付いたそうですが、ときはすでに遅し。
「急いだけれど、間に合わなかった」と彼女は言いました。
こんな彼女だから、私はチケットを預けてはいなかったのです。
彼女にはかわいそうですが、「せっかくのコンサートに、私は遅れずに行けて、本当によかった!」と思いましたね。
どんくさい彼女は可哀想だけれど、どんくさいゆえの運命ではないかと思います。
まとめ
私の周りのどんくさい子を見ると、「あー、なんてかわいそう」と思うことがあります。
その子の素質の1つですが、チャンスを逃したり、迷惑をかけることも、なにかと多いですよね。
なので、私は「自分はどんくさくなくて、本当によかった」と思っています。