37歳女性。
現在は、所有している薬剤師資格を活用し、ドラッグストアでの調剤担当として働いています。
22歳のときに、当時の同級生と結婚し、翌年には子どもを出産。
しかし、元主人との間の生活の不一致などから、26歳のときにはじめての離婚をしました。
以後、仕事と家庭を両立しながら、男の子を育てるシングルマザーとして活動中。
見出し
性格を変えることができたエピソード1.どんなに小さなことでも、すぐに最悪を想像する私
もともと、小さいころから、「感受性がとても強い」と言われ続けたこともあるほど、繊細な性格の私。
そんな私には、「すぐに不安になる」状況が、いろんな場面にありました。
どんなに些細なできごとや、トラブルに巻き込まれてしまってもそうです。
私は、常にそれが、最悪の状況へ発展することを想像してしまう性格でした。
それが原因で、人間関係に失敗してしまったり、両親など身近な人とも、言い争いになってしまうこともあり……。
とにかく、自分のその繊細な性格が、たまらなく嫌いだったんです。
子どものころなら、まだそんな性格でも、かわいげがありますよね。
しかし、一人で自立して、社会人として活躍するようになると、話は違います。
途端にそれは、マイナス要素になってしまうのです。
それが、自分でもよく分かっていた私。
なので、なんとか自分でも、「変わらなくちゃいけない!」と思って、努力をしていました。
しかし、なかなか思うようにならず。
結果的に、女性として最大のイベントでもある結婚でも、最終的には「離婚」という、最悪の結末を迎えることに。
とくに、結婚生活中の私の不安は、ひどいものでした。
一歩間違えると、精神的な疾患に陥ってしまっても、決しておかしくないという、切羽詰まった状況で……。
病院で、カウンセリングを受けたこともありました。
今、当時の私を振り返ってみても、凄かったですね。
本当に1番不安にさいなまれて、自我を失いかけていた瞬間といっても、過言ではありません。
性格を変えることができたエピソード2.とにかく不安でたまらなかった、結婚生活
大学を卒業してすぐに、そのとき大好きだった男性と結婚して、家庭に入った私。
大好きな男性と、若い年齢のうちから結婚できたこと自体は、幸せだったのかもしれません。
ですが、私の性格と選んだ男性の人柄が悪かったのでしょう。
ある種、「最悪の結婚生活」だったと言える結果になるのです。
私が選んだ元旦那は、とにかく女好きな性格。
私と結婚してすぐのころから、女性の影がちらほら、見え隠れするくらいの人でした。
それでも、最初のうちは彼のことを信じて、待ち続けた私。
けれど、定時で仕事が終わっているのにもかかわらず、帰宅が深夜近かったりすることは日常茶飯事。
週末の休みの日に、私とではなく、一人で出かけてしまったりすることも当たり前です。
とにかく、「浮気してるのかも?」と、不安に感じる要素が満載だったんです。
あまりにも、彼の行動から、浮気の2文字が頭を離れなかった私。
その結果、一時期は円形脱毛症になってしまったり、拒食症気味な状況に陥ってしまったこともありました。
おまけに、不安が最大限に募った結果、彼に対して暴言といっていいほどの発言をしたことも。
それでも変わらない彼の行動と、最終的に証拠がある形で発覚した、重なる浮気。
私は不安に耐えきれなくなり、「離婚」という結末へといたったのです。
ただ、今考えると、この行動自体が、転機となったのでしょう。
このことが、私が長年抱えていた、「不安になりやすい」性格を打破するきっかけとなったのです。
性格を変えることができたエピソード3.子どもを抱え、嫌でも自立を求められる環境へ
私と元旦那の間には、最終的に2人の子どもがいました。
二人の子どもは、どちらも私が引き取ることに。
大学を卒業して、特定の資格を取得していた私。
とはいえ、社会人として正式に働いた経験自体は、あまり長くありません。
旦那の生計から離れ、二人の子どもを抱えるシングルマザーとしての再出発。
それは、私に最大限の不安を与えたといっても、間違いではありませんでした。
なので、今までの私なら気が狂ってしまいそうになるほど、不安に陥っていたはずなのです。
しかし、不思議と我を忘れるほど、不安感にさいなまれることはありませんでした。
その理由が、大切な二人の子どもの存在だったんです。
「母は強し」とはよく言いますが、本当にそうだと思います。
生計は決して楽ではないし、仕事もなかなか思うように見つかりません。
それに、その日食べることさえ、不安を感じてしまう毎日を送っていました。
それでも、自分が泣いてしまう前に、子どもの泣いた表情を連想してしまうんです。
そうすると、自然に「私が泣いちゃだめだ!」と、心から想えるようになるんですよね。
そんな私の行動を両親も見てくれていて、とくに母親からは、よく「あんたは、ほんとに強くなったよ」と言ってもらえたほど。
それが本当に嬉しくもあり、誇らしくもある瞬間でした。
性格を変えることができたエピソード4.ようやく手に入れた安寧の日々
元旦那との離婚直後は、正直なところ、収入も毎月数万円程度しかなく、本当に苦しい状況でした。
そのため、実家に住まわせてもらって、親の生計を頼ったこともあります。
そのときは、あまりの不安に、自分の将来を悲観してしまいましたね。
「小さな子どもを抱えているために、なかなか思うような働き口が、見つからない」
そんなとき、子どもの存在を疎ましく思ったこともあります。
それでも、両親に支えられたり、子どもの笑顔や泣いている表情を毎日見るごとに、変わりはじめた私。
次第に、「自分の行動や決意に、それらすべての将来がかかっている」と、自然に思えるようになったのです。
その結果、子どものころから強く抱えていた、不安感や感受性の強さは、いつしか自分でも感じられなくなっていきました。
そして、離婚して、2年ほど経過したころのこと。
ようやく、フルタイムで働ける正式な仕事を見つけることができました。
また、集中して行動できるように、子どもを保育園に預けたり、実家に預けることにしたのです。
その結果、人並み程度の生活は、送れるようになりました。
まとめ
「子どもを抱えていなかったり、離婚を決意せず、いつまでも元旦那との生活を続けていたら……」
そう思うと、このような結果となって、よかったと思います。
あのころがなかったら、私の不安感にさいなまれやすい弱い心は、いつまで経っても、鍛えられなかったかもしれませんね。
「今後は、小さな子どもたちがどんどん成長して、大人になる姿を見ることを楽しみにしつつ、肝っ玉母ちゃん的な強い存在でいよう!」
そう決意しています。