26歳女性。英会話講師として勤務。妊娠7ヶ月で退職する。交際していた彼と、妊娠をきっかけに破局する。中絶を希望されたが、あきらめきれず出産することを決意。現在は、住んでいた神奈川県を離れ、実家の愛知県に暮らす。新しい彼と、子どもを一緒に育てている。
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辛かったこと1.お父さんがいないという事実を受け入れられなかった
私は25歳のときに、英会話講師の夢を叶えるために、実家を離れて神奈川県で一人暮らしをしていました。
当時、愛知県に住む4歳年下の男性と交際していて、2年ほど経過していました。
彼はまだ大学生で、両親がとても裕福だったため、卒業しても働くことを考えていないような人でした。
私との将来を真剣に考えてくれていて、「いつか結婚したい」と、言われていました。
私も、もちろん結婚を考えて交際をしていたので、その気持ちはとてもうれしかったです。
25歳のときに、妊娠が発覚して、彼氏に伝えました。
もちろん喜んでくれると、信じていたので、産みたいと思っていました。
彼から返ってきた言葉は、予想外でした。
「学校を辞めないといけないし、自分には、父親になる準備がまだできていない」と、言われてしまったのです。
私は絶望して、その場で別れ、子どももあきらめようとしていました。
しかし、産婦人科の先生をしているときに、どうしても子どもをあきらめることができず、産むことを決めました。
母子手帳ももらったときに、父親の名前を書いてほしいと言われました。
父親になる人はいないので、「いません」と伝えました。
市役所の人は、とてもびっくりして「大変ですね」と、なぐさめられてしまいました。
子どもを産むために、必要な書類を書く際に、なにかと父親になる人の名前を書く欄が出てきます。
そのたびに、胸がとても痛くなり、ひとりでなんでもしなくてはならないのかと、毎日が不安でした。
父親がいない事実をまずは、私が受け入れることができませんでした。
生まれてくる子どもにも、「どのように、説明したらいいのだろう」と、毎日悩んでいました。
「あなたを望んでいなかった」とは、言いたくもありません。
無責任な父親だったということも、伝えたくありませんでした。
真実を話すべきなのか、隠しとおすべきなのか、毎日悩まされ涙が止まりませんでした。
辛かったこと2.妊娠中の体の変化を共有する相手がいなかったこと
妊娠をしているときに、恐ろしいほどのつわりに悩まされ、トイレで吐き続ける毎日でした。
そのときに、彼氏がいれば「大丈夫?」などと、声をかけてもらえたでしょう。
動けないときは、かわりに家事をしてもらうなど、頼れることもできました。
私には、それができませんでした。
親元を離れていたので、親に頼ることもできず、孤独で仕方ありませんでした。
つわりがおさまってくると、お腹が少し膨れてきました。
赤ちゃんの成長が本当にうれしくて、検診に行くたびに感動して泣きそうになっていました。
そのうれしさを共有する相手がいないため、うれしいという感情さえ、誰にも伝えることができませんでした。
どんどん、大きくなっていくお腹を、赤ちゃんのパパが触ってくれることは、一度もありませんでした。
8ヶ月ごろに入ると、胎動はどんどん大きくなっていき、かなり力強くお腹をけるようになりました。
お腹を触ってみると、蹴ってくれて、まるで子どもと会話をしているような感覚になりました。
きっと、旦那さんやパートナーがいる人は、妊娠中の変化を一緒に乗り越えるのでしょう。
どんどんと、親としての気持ちがめばえてくるのだと思います。
不安を聞いてくれたり、一緒に乗り越えてくれる人がいなかったので、孤独を感じる毎日でした。
辛かったこと3.経済的に不安定になってしまったこと
妊娠中でも働かないと、自分のためにも赤ちゃんのためにも、一生懸命働きました。
職場の理解もあり、たくさんサポートもしてくれました。
しかし、体と気持ちが追いつかず、産休をもらえる前にやめることになりました。
無職になってしまった私は、生活費、検診費用などすべてを貯金でまかなうことになりました。
妊娠が、思いもよらないタイミングだったので、さほど貯金をしておらず、本当にギリギリな毎日を送る日々でした。
親からの、援助の提案もありました。
なるべく、心配をかけたくなく断っていました。
実家に帰るまでの、3ヶ月間をすべて貯金ですごした結果、お金を使い切ってしまいました。
もちろん、産んでからもしばらくは働けないので、今後どのようにお金のやりくりをしていくか、本当に悩んでいました。
まとめ
結婚をしていない人とのあいだに、できてしまった子どもを産むということは、そう簡単なことではありません。
絶対に、喜んでくれると思っていたら大間違いでした。
しかし、妊娠したことも産む決意をしたことも後悔していません。
でも、なに事も計画的に進めることが、大切なのだと思いました。