乳がんにかかり「普通が一番幸せ」と実感したエピソード2編

思いふける女性

43歳、女性。

夫と息子二人をもつ、普通の主婦です。

 

一昨年、乳癌を患い闘病中。

発病当初は、周りのみんなが幸せそうに思えて、「なぜ自分ばかり……」と悩む日々でした。

 

現在、経過は順調で、日々感謝をしながら、普通に生活しています。

 

 

「普通が一番幸せ」と実感したエピソード1.命にかかわる病気を抱えるということ

マンモグラフィー

 

一昨年のことです。

自分の乳房に違和感を感じ、そして痛みも少しあったことから、乳腺外科を受診しました。

 

「まさか、乳癌ではないだろうから、乳腺症などだろう」

自分ではそう思いながら、マンモグラフィー・超音波の検査を行いました。

 

そのときの結果は、「乳癌の兆候はない」とのこと。

しかし、乳腺症でもなく、違和感や痛みの原因は、分からずじまいでした。

 

そして、それから半年後。

違和感はますます強くなり、具体的にいうと、乳房の形が片方だけ、変わってきたのです。

 

気にはなっていましたが、検査の結果が良性だった私。

なので、「大丈夫だろう」と、再受診を先延ばしにしていたのを悔やまれます。

 

「やはり、おかしい」

そう思い立ち、再度、同じ病院を受診。

しかし、そこでもまた、異常は認められませんでした。

 

そのときの病院の対応に、不信感を抱き、「自分で信頼できる病院を探して、診てもらおう」と、別の病院を受診。

すると、その病院で、乳癌であることを告げられたのです。

 

病院へは電車で行っていたので、帰り道、涙をこらえるのが大変でした。

夫へ報告をしようと、メールを打ちます。

最後に「癌になってしまって、ごめんね」と入力するときに、こらえきれず涙がこぼれました。

 

電車のなかには、たくさんの人が乗っています。

みんな本を読んだり、スマホをいじったり、おしゃべりをしたり。

 

みんなが幸せそうに思えましたね。

「いいな、みんな病気じゃなくてうらやましいな、幸せなんだろうな」と思いました。

 

やっぱり、普通が一番幸せなんです。

 

 

「普通が一番幸せ」と実感したエピソード2.普通に老後をむかえられること、普通の生活を送れることは奇跡なんだ

絶望している女性

 

乳癌であることは、はっきりしましたが、全身の転移やステージの結果は、まだ出ていませんでした。

その結果が出るまでの1週間が、これまでの人生で、一番辛かったです。

 

まず、乳癌について、インターネットで一日中調べました。

そこには、割と予後のよい癌であることも、記されていましたが……。

転移し、亡くなってしまう方のブログなども、たくさんありましたね。

 

「命にかかわる病気であること」

「自分はもしかしたら、死ぬかもしれない」

そう実感しました。

 

恐ろしさで震えてしまい、涙が止まりません。

「せめて、子どもたちが大人になるまでは、生きていたい」と、強く思いました。

 

そんなある日、夕方に買い物へ出たときのことです。

私が家にいなかったことを心配した長男から、携帯に電話が入りました。

 

「どこにいるの?」と聞いてきたので、「今、スーパーで買い物をしてるよ」と言います。

そう言うと、息子は「そう、ならいいんだ」と、安心したように電話を切りました。

 

病気のことは、長男には伝えていましたから、心配したのかもしれません。

長男の安心したような優しい口調を聞き、帰り道では、涙がボロボロをこぼれました。

 

夕暮れの街には、買い物帰りの主婦の姿や、犬の散歩をしている老人の方が、たくさんいます。

その姿をみて、「普通に生活を送れることは、当たり前じゃないんだ。奇跡だな」と思いました。

 

80歳くらいの人を見て、こう思った私。

「すごいな。『長生きできる』って、すごいことだな」と。

 

60歳くらいの人を見ても、こう思うのです。

「せめて、この人くらいまでは生きたい」と。

 

「自分はもしかしたら、あと数年で死んでしまうかもしれない」

「それなのに、老後をむかえている人はこんなにいる」

その人たちみんなが、幸せそうに思えました。

 

その後、検査結果が出て、転移などはなく、ステージも1~2の初期であることが判明。

ほっとしましたが、これから遠隔転移する可能性は、ゼロではありません。

 

医師の見立てでは、「90パーセントは完治するが、10パーセントは遠隔転移して、亡くなる」とのこと。

自分がこの10パーセントに入るのかどうか。

「それは誰にもわからないし、治療をして防ぐしかない」と思いました。

 

入院してから、手術日当日を迎えたときのことです。

住宅街のなかにある病院でしたので、窓の外を見ると、普通の一戸建てやマンションのベランダが見えました。

ぼんやり外を見ていると、隣のマンションのベランダで、私と同年代の女性が、洗濯物を干していたのです。

 

毎日やらなければいけなく、ときには面倒さを感じる家事。

ですが、そのときは、「いいな、洗濯している。うらやましいな」と感じました。

 

「毎日家事ができて、何事もない生活をおくれることは、とても幸せなことなんだ」

改めてそう思い、その女性が幸せそうに思えましたね。

 

「当たり前の生活、当たり前の人生は、決して『当たり前』なんかではなかったこと」

「『死ぬかもしれない』、そんな命にかかわる病気になってしまった」

「これからは、死の恐怖を抱えながら、生きていかなければならないんだ」

 

私は、乳がんになったことで、はじめてそう実感したのです。

 

まとめ

「死の恐怖を感じる必要がなく、普通の日々を普通に過ごしているみんな」

乳がんになってから、そんなまわりのみんなが、幸せそうに思えました。

 

「普通に生きているだけのことが、こんなに幸せなことだったなんて……」

「『普通』が、一番幸せだなんて……」

 

病気になって、気が付いたことが、実にたくさんありましたね。