38歳男性。ゲーム会社勤務後、独立してシナリオライターに。いこうは、不健康な生活を送る。独立後は、仕事が激減したり忙しいわりに儲からないといった感じで、アップダウンが激しい。誰かが自分の不幸を楽しんでないかと、不安になる日々を送る。
見出し
他人の不幸を喜んでしまったエピソード1.漫画家になれなかった友人
私には、漫画家志望の友人がいました。
漫画の専門学校にも通っており、絵が上手いのか人望があったのか、いつもクラスメートとつるんでいたようです。
ある日彼は、自分の漫画を見てほしいと持ってきました。
そのとき、私は処女作を出版した直後でした。
出版にこぎつけた私からアドバイスがほしいか、あわよくば出版社に紹介してほしいのだろうと思いました。
彼の漫画を見て驚いたのですが、合計200ページ近くもるのです。
大半の、漫画賞のページ数規定を超えてしまうので、応募することすらできないものでした。
そもそも、新人に200ページをさいてくれる出版社はありません。
漫画雑誌のページ数は、毎号大体決まっており、彼の漫画を載せるとほかページ数が減ってしまうからです。
私はそういった事情を説明し、8~16ページの常識的な量の漫画を描いたほうがいいと、アドバイスしました。
しかし彼は、かたくなに聞き入れず、私の見解を一方的に非難します。
「これは歴史に残る作品だ。映像化の話も動いている」と、言っていました。
「お前の本は最低だ。こんなものを出版した奴に俺の漫画はわからない」とも、彼はまくしたてていました。
その後、仕方なく私は知り合いの漫画編集者を紹介しました。
彼が、作品を持ち込む場に紹介者として同席しました。
「少し、厳し目に採点してやってくれ」と、前もって言ったあったこともあり、彼の漫画はボロクソの評価を受けました。
私が言ったことと、まったく同じ内容も編集者から言われ、彼はすっかり意気消沈して帰っていきました。
彼の共通の知人から聞いたのですが、どうやら彼は例の漫画をさまざまな人に見せては、自慢をしていたそうです。
それを酷評されて、引くに引けなくなった彼は、漫画家をあきらめ、引きこもっているようです。
そこまで聞いても、私は彼の不幸を「ざまあみろ」としか、思いませんでした。
かつての、同級生も似たような感想らしく、実はみんなが彼の独りよがりを楽しんでいたと知りました。
彼の不幸に、同情する人いません。
彼を知る人全員が楽しそうに語るので、彼の不幸が楽しいのは共通認識なのだなとわかりました。
他人の不幸を喜んでしまったエピソード2.大病を患った同僚
私には、大嫌いな同僚がいました。
中途採用で入社した彼は、10歳ほども年上でしたが、他業種から転職してきた人で、業界でのキャリアはゼロでした。
前職はテレビ業界で、有名人と仕事をしていたので「有名人と知り合いの自分はすごい」と、いう意識があったようです。
最初のプロジェクトは、誰がやっても成功する簡単な物を担当にしました。
時流と外注先が良かったのか、思いがけずいい結果をおさめました。
それで図に乗った彼は、できもしないのにむずかしいプロジェクトに手を出しました。
もちろん失敗し、その原因を他人になすりつけていました。
彼は非常に太っており、腐ったフナのような悪臭をまとって歩くので、誰からも嫌われていました。
「本当に、あの体臭でアイドルと仕事していたのか?」と、疑問に思うほどです。
彼への嫌気が、最高潮になったときに、一報が入りました。
彼が、くも膜下出血で倒れたというのです。
さすがに、おもてには出さなかったのですが、私は心のなかで彼に罰を与えた神に感謝しました。
もし彼が、このとき死んでしまっていたら、そこまで楽しむことはなかったと思います。
しかし、くも膜下出血のわりには意外と軽い症状ですんだようです。
「嫌いな奴のほどよい不幸」として、祝ってもバチが当たらない気になってしまいました。
その後、彼のプロジェクトの整理を任された私は、さまざまな問題点を発見し、穴埋めに追われました。
このときは、本当に「消えろ!」と思いましたが、さすがにぶん殴ることはできません。
かわりに、上司に彼の問題点を洗いざらい報告し、復帰した彼の居場所をなくすことに成功したのでした。
他人の不幸を喜んでしまったエピソード3.意見を聞かない同僚が大失敗
かつての会社には、まったく人の意見を聞かない同僚がいました。
人の意見を聞かないのですが、アドバイスを求めるなど面倒な人です。
一旦好きに彼にやらせるため、プロジェクトのすべてを預けることにしました。
そのときは、携帯ゲームアプリの仕事でした。
好きな絵師や好きなスタッフ、好きな声優をすべて使わせ、ゲームシステムも納得のいくように考えさせました。
シナリオも、一部は自分で書いていました。
私はお目付け役として、「このゲームシステムはほかにもある」や「このシナリオは良くない」などと、意見はしていました。
しかし、当然、彼は聞きません。
プロジェクトが成功したら、彼がますます図にのるので、いっそ失敗してくれとも思いました。
私が手を下すことなく、彼はまんまと失敗しました。
レビューサイトで酷評され、さらにシナリオは、彼が書いた部分がピンポイントで非難されるレベルです。
絵師も、声優も有名人なので、そういった点ではセールスポイントがあったのです。
それを補って、余りある売れない商品を彼はつくったのです。
上層部から厳しく叱られ、それでも彼は言いわけをしていたのですが、誰も彼の意見を聞きません。
まったくの自業自得に、私も含めて誰もが彼の不幸を喜びました。
もちろん、会社の営業的には打撃があったのですが、それは彼をのぞく全員で取り戻しました。
彼以外、全員の一体感を高めることができたので、彼の不幸は会社にとっても喜ばしかったと言えます。
まとめ
自分にとって、嫌な奴が不幸な目にあうのは痛快です。
とくに、態度のデカイ奴が痛い目にあって「シュン」とする姿は、ビフォーアフターを楽しめるので最高です。
他人の不幸をおおっぴらに喜ぶことはできませんが、そういった幸運があったらコッソリと喜びましょう。