抗争で電車を止めた!中学生の時に不良だった私のエピソード3つ

学校

42歳女性。

幼いころに両親が離婚、母親に育てられ、中学で不良行為に及ぶようになる。

 

ヤンチャすぎる中学時代、仲間を失ったことと、音楽との出会いがきっかけで更生。

高校ではマジメに勉強をして、社会人に。

 

「最近の不良は、気合が足りないな」と、密かに思っている。

 

 

中学のとき不良だったエピソード1.授業を抜け出して、朝ごはんを調達

学級活動

 

当時は、本当に落ち着きがない生徒でした。

そもそも、親がろくにごはんをつくってくれませんでしたので、いつもお腹が空いていた私。

 

授業中に座っているとお腹が鳴るし、イライラしてくるので、授業中は常に教室内をうろうろしていました。

ひどいときには、窓枠をつたって、隣の教室を覗きに行ったりしたことも。

 

それにも飽きると、なにか食べるものを探すために、授業を抜け出します。

それも、「授業のはじめからいない」、とかではありません。

「腹が減ってきたなー」と思うと、教師の静止を無視して、学校から出て行き、近所のスーパーへ行きます。

 

品出し前で、まだコンテナに入っているパンなど物色して、購入していました。

それを公園などで食べて、お腹が満たされたら、一応授業に戻ります。

 

タバコなんかも、田舎のタバコ屋に勝手に侵入しては、何箱かもらって帰ったりしていました。

おばあちゃんを大声で呼ばないと、出てこないようなタバコ屋だったからこそ、できたことです。

 

大抵、そういうことをするのは一人ではなく、ほかの学校の同じような不良が、いつの間にか集まってやっています。

たまに、公園でそういうやつらとたむろしては、近所の人に通報されて、警察が登場。

それで、警察に補導されるといったことを、日々繰り返していました。

 

中学のとき不良だったエピソード2.不良は不良を呼ぶ? たまり場に増殖する不良

母親

 

なぜか、不良は不良を呼びます。

私が住んでいたところは田舎だったので、暴走族とかレディースとかは、ありませんでした。

 

でも、不良仲間の集まっている場所や家に行くと、そういうコミュニティ? みたいなものができあがっています。

不良が不良を呼び、どこからともなく、わらわらと集まってくるのです。

 

うちも、そういうたまり場の一つになっていましたね。

年齢は上が19歳、下が12歳くらいまでのヤンキーたちが、集まっていました。

 

なかには知らない人もいましたし、ときどき「成人してるだろ」と、思うようなやつもいましたね。

ですが、たいてい「〇〇の知り合い」ということで、片づけられていたのです。

 

集まってなにかするかというと、とくにすることもありません。

「昼寝か、漫画を読む」、「バカ話をする」、「たばこを吸う」といった感じでした。

 

「ヒマだと、ろくなことを考えない」とはよくいいますが、そうやってたまっていると、必ず起きるのが喧嘩。

狭い部屋に、7人くらい男女入り乱れていたとき、急に些細なことで、男どもが喧嘩をはじめます。

 

ちょうどそのタイミングで、うちの母親がパートから帰ってきて、あまりのうるささにキレてしまい……。

包丁を持って、怒鳴り込んできたこともありましたね。

 

あとで聞いたら、母親自身、たくさん集まってくる不良たちが恐かったようです。

「負けないように、こっちも命がけで対応した」

そう言っていましたが、あのときの母ちゃんほど、怖かったモノはありません。

 

 

中学のとき不良だったエピソード3.他校の不良との抗争で、電車を止めてしまった

電車の中

 

昔の話なので、今より決まりが緩かったのもあるでしょうし、防犯カメラなどもなかった当時。

「賠償金問題などにならなくて、良かった」と言える、できごとがありました。

「今やってたら……」と思うと、ぞっとするのが、別の中学の不良グループとの喧嘩で、電車を止めてしまったことです。

 

中学2年の途中、「親が引っ越しをしたい」と言い出したので、転校することになってしまった私。

転校先には、もとの中学でつるんでいたのよりも、さらに悪い奴らがいました。

 

そのため、親との仲がこれまでよりも悪化して、私のイライラはさらに加速。

それと同時に、バイクでの暴走行為など、不良行為がエスカレートしていきました。

 

ある日、仲間と一緒に電車に乗っていると、同じような不良グループに遭遇します。

一人が「隣の中学のやつや」と、ガンを飛ばしました。

 

向こうも負けじと、にらみつけてきて、しばらくにらみ合いに。

その結果、どちらからともなく「なんやねん! やんのか?!」みたいな声とともに、つかみ合いの喧嘩になったのです。

 

私は、停車した駅でドアが開いたときに、相手の一人を引きずり下ろそうとしました。

しかし、向こうは「下ろされまい」と、体を電車のなかに入れようと踏ん張っていて、しばらく、もみ合いのような形に。

 

すると、駅員が遠くのほうからフエを吹きながら、走ってくるのが見えました。

その時点で、「逃げよう」と考えていたのですが、タダで逃げるのは嫌だった私。

 

なので、隣の中学のやつらだけが捕まるように、駅員が近くにくるまで、蹴ったりして、車内から出られないようにしていました。

しかし、そのせいで、電車が数十分止まってしまったのです。

 

私含め、仲間は駅員がくる直前で走って逃げたのですが、隣の中学のやつらは、電車のなかにいたので、捕まっていました。

そいつらとは、その日はじめて会ったので、私たちだと断定されることはなかったです。

こっちが私服だったことも、大きな要因でしょう。

 

それでも、「そんなことをするのは、あいつらくらいだ」と、思われていたのでしょうね。

後日、警察が学校に聴取にきていました。

 

私たちは証拠もなかったため、教師にはあとでたっぷり怒られましたが、それ以上のことは何もなかったです。

その後も、そいつらとは顔を合わせるたびに、大喧嘩になって、「今でも、後輩たちに語り継がれている」と聞きます。

 

まとめ

当時のことをこうして振り返ることができるのは、ありがたいことだと思います。

なぜなら、バカなことばかりしてきたことが原因で、もう二度と会えなくなってしまったやつもいるからです。

 

あのころを否定するわけではありません。

しかし、「あのころがあるから、今がある」とも思っています。