母が美人で娘の私だけがブス。辛かった4つのこと

クエスチョンマーク

32歳、女性。30代で結婚し専業主婦に。
実家には年に1度帰省する程度だが、電話は月に2回ほど。
美人だけど中身は普通のおばちゃんな母とは、長話が止まらない関係。
子どもを寝かしつけた後のドラマ鑑賞が唯一の癒し。

 

 

母が美人で辛かったこと1.まわりにじつの親子じゃないと思われる

母と娘

 

母が美人で私はブス。

それは小学生のときにはもう自覚していました。

なぜなら、まわりの友だちや大人たちが、それをやゆしてくるからです。

 

母と歩いているときに大人たちが言う「お父さん似なのね」の言葉を、幼いころは言葉どおりに受け取っていましたが、成長してからは直接的に「ブス」と言われるよりも辛く感じました。

母は愛情をもって私を育ててくれましたし、私も母のことは大好きです。

だけど、まわりの人たちは、私たち親子をまるで、にせもののようにあつかうんです。

 

連れ子なのかと直接たずねられたことすらあります。

周囲から大好きな母と親子としてあつかってもらえないこと、それは私にとってなによりも辛いことでした。

確かに父と同じ顔立ちをした私とくらべると、「母とは顔の系統が違う」とすら思います。

 

でも、よーく見てみれば、輪郭やまゆの下がり方なんかは、私たち親子はそっくりなんです。

今ではもうまわりのそんな言葉を気にすることはありません。

だけど、幼かった私にとってはすごく悲しかった思い出として心に残っています。

 

母が美人で辛かったこと2.母のお下がりが似合わない

着物姿の女性

 

美人な母と私とでは、似合う服の系統もまったく違います。

母もけっしておしゃれな方ではないのですが、どんな服でもなんとなくさまになっているんですよね。

対する私は、おしゃれのためというよりも、自分の粗を隠すために服の力に頼っているだけという感じで、これもまた母に対するコンプレックスのひとつです。

 

母との容姿の違いを実感したできごとのひとつとして、成人式があります。

私は、母が若いころに着ていたという振袖で成人式に出席したんです。

ピンクを基調としたはなやかながらの着物で、母の昔の写真を見ては自分が着る日を楽しみにしていました。

 

ところが、いざその着物をきつけてみると、明らかに似合わない。

まるで母が着ていたものとは別の着物のように見えました。

色白の母にあわいピンクはとてもよく似合っていましたが、私が着るとその美しいピンクもなんだかくすんで見えたんです。

 

結局、成人式の式典自体はその着物で出席しましたが、前撮りした写真は別の振袖を着ました。

母が私に似合うものを、と必死で探してくれた振袖を着ているだけあって、自分でもなかなかきれいに撮れていると思います。

だけどやっぱり、母の着物が似合えばよかったのになと切なく感じてしまうんです。

 

 

母が美人で辛かったこと3.恋愛の悩みを相談できない

母と娘の相談

 

母と私は仲よしです。

ほとんど喧嘩もしたことがないですし、悩みがあればすぐに相談し合っています。

だけど、思春期のころから今まで絶対に母に言えないのが、恋愛の悩みです。

 

私はブスなりにいくつかの恋愛をしてきました。

ブスだろうとそうでなかろうと、恋愛に関してはなにかと思い悩むものですよね。

だけど、母と私の恋愛に対する悩み方は、次元が違うんです。

 

私は好きな人をどうやって振り向かせるかを悩みますが、母は好きでもない人が寄ってきたときに、どうするかというアドバイスをしてくれます。

彼氏にふられて落ち込んでいても、「あなたにはもったいない人だっただけでしょ」と私の方が愛想をつかされていることを理解してくれないんです。

 

母も美人ゆえに、自分の本質を見てくれる人となかなか出会えなかったのかもしれません。

だけど自分の娘がまさか「選ばれないこと」に悩んでいるとは思えないようでした。

いつも選ぶ立場だったであろう母だから仕方がないとはわかっていても、若いころはそんな母にイライラしてしまうことがたくさんありました。

 

母が美人で辛かったこと4.父と結婚したことを恨んでしまう

おしどり夫婦

 

色々と問題のある人ではあるのですが、私は父親のことも大好きです。

口数は少ない人ですが、一人娘の私のことをすごく可愛がってくれているのもわかりますし、尊敬できる部分もたくさん持っています。

だけど、父の顔は私にそっくり。つまり、ブサイクなんです。

 

選びたい放題だったであろう母の顔で、なぜあれほどブサイクな父と結婚したのか、とくに思春期のころは本当に腹立たしく思っていました。

もし母が、父ではなく自分とお似合いのイケメンと結婚していれば、子どもはきっと美人だったはずです。

もちろん、そんなことを言っても仕方がないということは重々承知しています。

 

だけどそれでも、鏡を見るたびに「どうして母に似なかったのか」と父に対する恨みごとをつぶやいてしまうのが辛いんです。

父と母が結婚していなければ私は私ではなかったはず。

それは理解していてもやっぱり、まったく別の人生を歩んでいた可能性について考えずにはいられないときがあります。

 

まとめ

恋愛相談ができなかったり親子関係を疑われて辛かったりと、美人な母に対してはいろいろな想いがありました。

しかし、30代になった今では、自分を客観的に見ることを教えてくれた母という存在に、感謝する気持ちもあるんです。

美人に生まれたかったという思いは捨てられませんが、母の子に生まれてよかったとも感じています。